『自転車』を主題に日本画制作をする作家Blog
今年も東京藝術大学大学院・デザイン専攻描画装飾研究室による「波濤の會」が上野松阪屋より順次開催されます。
東京会場 松坂屋上野店南館5階・美術画廊
9月28日(水)~10月4日(火)10時から19時30分まで(最終日は17時閉場)
北九州会場 小倉井筒屋新館7階・美術画廊
11月9日(水)~11月15日(火)10時から19時まで(最終日は16時閉場)
名古屋会場 松坂屋本店南館6階・美術画廊
11月30日(水)~12月6日(火)10時から19時30分まで(最終日は16時閉場)
※各会場とも来場予定は決まっていませんが、出来るだけ足を運ぶ予定です。
さて今年も自転車をテーマにした作品を期待された方・・・
すいません(ノД`)シクシク
今回は「猫=TORA」を題材にした作品を出品します。
この題材にしている「TORA」は実家に居着いている、とても愛らしいお爺さん猫です。
※ちなみにTORAの好物はウナギです(´∀`*)
たまに何故「猫=TORA」を描くのかと聞かれる事もあります。
(自転車との関連性などは?)
日々私が自転車を描く上で、迷走する「洗練された線」の模索。
その線を生かす必要最高・最低限の「画面構成・色彩構成」の苦悩。
(全ての道筋を決めるのが本当に大変)
これらで構築された軽快感=体感の風を表現するのが「自転車を描く」楽しみの一つですが・・・
ただこればかり描いていると、逆の「大きな質量(固まり)」も描きたくなります。
では風景や建造物はどうですしょうかね?
(大きな質量の意味で)
私が描きたい物は、自分が「美しい」と感じたものや「楽しい」と実感したものだけ。
それを只描きたいように描くだけ。
描きたい物しか描かない。
(今はTORA以外の猫は描くつもりもない)
これを「素人(しろうと)」と称する方もいらっしゃいますが、我関せず。
寧ろ変わり映えのない、誰か分からない「何処かで見た絵画」を繰り返すだけ。
日々新たな心見も探求せず、確立した表現しかしない不勉強・臆病者の「大量生産」の作家を「玄人(プロ)」と称するなら・・・
私は一生馴れそうもそうもない。成るつもりもない。
(その様な作家が幸せとは到底思えないので)
そんな中にあって、この描画装飾研究室は「十人十色」
毎年新しい院生が入ってきて、今年も新たな表現を抱えての波濤の會は、一度として「同じような」展示にはなりません。
様々な個性が入り交じる、この描画装飾研究室の展示に是非足を運んで頂ければ幸いです。
私の描くTORA爺ちゃんも「クッ( ´,_ゝ`)」と楽しませること請け合いですので。
東京会場 松坂屋上野店南館5階・美術画廊
9月28日(水)~10月4日(火)10時から19時30分まで(最終日は17時閉場)
北九州会場 小倉井筒屋新館7階・美術画廊
11月9日(水)~11月15日(火)10時から19時まで(最終日は16時閉場)
名古屋会場 松坂屋本店南館6階・美術画廊
11月30日(水)~12月6日(火)10時から19時30分まで(最終日は16時閉場)
※各会場とも来場予定は決まっていませんが、出来るだけ足を運ぶ予定です。
さて今年も自転車をテーマにした作品を期待された方・・・
すいません(ノД`)シクシク
今回は「猫=TORA」を題材にした作品を出品します。
この題材にしている「TORA」は実家に居着いている、とても愛らしいお爺さん猫です。
※ちなみにTORAの好物はウナギです(´∀`*)
たまに何故「猫=TORA」を描くのかと聞かれる事もあります。
(自転車との関連性などは?)
日々私が自転車を描く上で、迷走する「洗練された線」の模索。
その線を生かす必要最高・最低限の「画面構成・色彩構成」の苦悩。
(全ての道筋を決めるのが本当に大変)
これらで構築された軽快感=体感の風を表現するのが「自転車を描く」楽しみの一つですが・・・
ただこればかり描いていると、逆の「大きな質量(固まり)」も描きたくなります。
では風景や建造物はどうですしょうかね?
(大きな質量の意味で)
私が描きたい物は、自分が「美しい」と感じたものや「楽しい」と実感したものだけ。
それを只描きたいように描くだけ。
描きたい物しか描かない。
(今はTORA以外の猫は描くつもりもない)
これを「素人(しろうと)」と称する方もいらっしゃいますが、我関せず。
寧ろ変わり映えのない、誰か分からない「何処かで見た絵画」を繰り返すだけ。
日々新たな心見も探求せず、確立した表現しかしない不勉強・臆病者の「大量生産」の作家を「玄人(プロ)」と称するなら・・・
私は一生馴れそうもそうもない。成るつもりもない。
(その様な作家が幸せとは到底思えないので)
そんな中にあって、この描画装飾研究室は「十人十色」
毎年新しい院生が入ってきて、今年も新たな表現を抱えての波濤の會は、一度として「同じような」展示にはなりません。
様々な個性が入り交じる、この描画装飾研究室の展示に是非足を運んで頂ければ幸いです。
私の描くTORA爺ちゃんも「クッ( ´,_ゝ`)」と楽しませること請け合いですので。
今日で最終日となる「第15回新生展」
先月24日は、その受賞作家の授賞式の為、新生堂会場に。
久々にスーツに着替えての会場入りでしたが・・・あれれ?俺だけスーツ??
(ちょっと赤穂藩主の気分)
17時からの授賞式でしたが、早くから来場していた画廊の方々や出版社の方々。
顔見知りの方もおり「実に良い作品ですね」「受賞おめでとう」等々。
(半分ご祝儀の気分でご意見を伺っていました)
その中では、昔から私の作品を見て頂いている方もおり
「作品が一段と良くなってきていますね」
「こう言う絵が描ける様になってきたんだ」等の本人も??なご意見も伺えました。
受賞式まで色々な方と話していると・・・中島千波先生&奥様来場!!
いやはや・・(゚Д゚;)
来て頂けるとは思わず、久々の御挨拶も緊張する始末。
先生からは「あれ?出していたんだ?」と言う簡素な疑問と
「まぁ直ぐに井上君の絵と分かったけど」との一人の作家として有り難いご意見も。
奥様からも「最後の新生展で受賞出来て本当に良かったね」とのお褒めの言葉。
また選考の段階では色々と意見が飛び交っていた事、その選考では「この作品が素晴らしい!」と幾人かの先生が声を強く推薦していたとの内情も伺いました。
何か自分では考えられない多くの方々が、今回の作品を評価してくれた事は「作家冥利」に尽きます。
また新生展、15回目の今回で終了します。
(出品後に知りました)
この新生展は多くの方の登竜門として、また同じ研究室からも作家として活躍する機会になっています。
その新生展の最後の受賞者。
本人も予想できない受賞に、画業の道筋は当人でも分からないものだと改めて実感します。
(当たり前の創る努力などは言うに及ばずですが)
さて17時からの受賞式。
賞状と賞金の授与が終わって・・・30分ほど?
結構あっさり終わってしまい、少々手持ちぶさた・・・と思ったら
「受賞者にも一言貰おうか(´▽`)?」
って・・・中島先生!!!!
相変わらずの唐突な無茶ぶりですか!!
やはり・・・受賞者の皆さんは人前で話す事には慣れていない様子。
でも其処は何度もトークショーで慣らした我が身。
受賞の挨拶とその経緯や作品に込めた意味。
また今後の作家としての展望など、少々大げさでは有りますが語らせて頂きました。
(世界一の絵描きになる等、恥ずかしげもなく言えるのは私だけ?)
受賞式後は、中島先生が他の方々と歓談されている間、質問等で様々な方々と歓談。
(その後挨拶もままならない内に先生ご夫婦退場)
今回の受賞者の方々の画歴なども知る事ができ、同じ35歳最後で出品した方。
30代で悪戦苦闘している方など、実に様々な方から「作家で生きていく事」の大変さを再三思い出す機会にもなりました。
(創り続けていない人には分からない感覚です)
私は常々、自分の実績を「10年遅れている」と感じていたが、それは他の方から見れば有り得ない話。
他の出品者から「何度か展示会でお見かけしました」とか「活躍なさっている作家さんですね」とか、本人は全くその感じがしないだけに変な境界を感じました。
これまでも色々な方々から「作家として恵まれている」と嫉妬とも取れるご意見を伺いましたが、当人は今の自分を描くだけで手一杯。
恵まれているとか、そうでないとかも頭には一切無いのです。
恵まれているなら、それは中島先生初め、多くの展示に係わって頂いた方々の尽力があっての「井上越道」と言う作家の足場。
改めてその貴重さを大切に、恩返しはやはり「世界一の絵描き」になることだと。
中島先生も仰っていましたが「受賞した事が最後ではなく、寧ろこれからが大切と」
奥様からは「描き続けられることが大切」
全く仰る通り。
自分にとって「もっと良い作品」は「新しい驚きと体験した表現」
これを求めて、日々大切に益々楽しんで制作に挑んで行きたいと思います。
先月24日は、その受賞作家の授賞式の為、新生堂会場に。
久々にスーツに着替えての会場入りでしたが・・・あれれ?俺だけスーツ??
(ちょっと赤穂藩主の気分)
17時からの授賞式でしたが、早くから来場していた画廊の方々や出版社の方々。
顔見知りの方もおり「実に良い作品ですね」「受賞おめでとう」等々。
(半分ご祝儀の気分でご意見を伺っていました)
その中では、昔から私の作品を見て頂いている方もおり
「作品が一段と良くなってきていますね」
「こう言う絵が描ける様になってきたんだ」等の本人も??なご意見も伺えました。
受賞式まで色々な方と話していると・・・中島千波先生&奥様来場!!
いやはや・・(゚Д゚;)
来て頂けるとは思わず、久々の御挨拶も緊張する始末。
先生からは「あれ?出していたんだ?」と言う簡素な疑問と
「まぁ直ぐに井上君の絵と分かったけど」との一人の作家として有り難いご意見も。
奥様からも「最後の新生展で受賞出来て本当に良かったね」とのお褒めの言葉。
また選考の段階では色々と意見が飛び交っていた事、その選考では「この作品が素晴らしい!」と幾人かの先生が声を強く推薦していたとの内情も伺いました。
何か自分では考えられない多くの方々が、今回の作品を評価してくれた事は「作家冥利」に尽きます。
また新生展、15回目の今回で終了します。
(出品後に知りました)
この新生展は多くの方の登竜門として、また同じ研究室からも作家として活躍する機会になっています。
その新生展の最後の受賞者。
本人も予想できない受賞に、画業の道筋は当人でも分からないものだと改めて実感します。
(当たり前の創る努力などは言うに及ばずですが)
さて17時からの受賞式。
賞状と賞金の授与が終わって・・・30分ほど?
結構あっさり終わってしまい、少々手持ちぶさた・・・と思ったら
「受賞者にも一言貰おうか(´▽`)?」
って・・・中島先生!!!!
相変わらずの唐突な無茶ぶりですか!!
やはり・・・受賞者の皆さんは人前で話す事には慣れていない様子。
でも其処は何度もトークショーで慣らした我が身。
受賞の挨拶とその経緯や作品に込めた意味。
また今後の作家としての展望など、少々大げさでは有りますが語らせて頂きました。
(世界一の絵描きになる等、恥ずかしげもなく言えるのは私だけ?)
受賞式後は、中島先生が他の方々と歓談されている間、質問等で様々な方々と歓談。
(その後挨拶もままならない内に先生ご夫婦退場)
今回の受賞者の方々の画歴なども知る事ができ、同じ35歳最後で出品した方。
30代で悪戦苦闘している方など、実に様々な方から「作家で生きていく事」の大変さを再三思い出す機会にもなりました。
(創り続けていない人には分からない感覚です)
私は常々、自分の実績を「10年遅れている」と感じていたが、それは他の方から見れば有り得ない話。
他の出品者から「何度か展示会でお見かけしました」とか「活躍なさっている作家さんですね」とか、本人は全くその感じがしないだけに変な境界を感じました。
これまでも色々な方々から「作家として恵まれている」と嫉妬とも取れるご意見を伺いましたが、当人は今の自分を描くだけで手一杯。
恵まれているとか、そうでないとかも頭には一切無いのです。
恵まれているなら、それは中島先生初め、多くの展示に係わって頂いた方々の尽力があっての「井上越道」と言う作家の足場。
改めてその貴重さを大切に、恩返しはやはり「世界一の絵描き」になることだと。
中島先生も仰っていましたが「受賞した事が最後ではなく、寧ろこれからが大切と」
奥様からは「描き続けられることが大切」
全く仰る通り。
自分にとって「もっと良い作品」は「新しい驚きと体験した表現」
これを求めて、日々大切に益々楽しんで制作に挑んで行きたいと思います。
さて8月15日は「終戦の日」
ここ広島でも原爆の日6日には平和への祈りが捧げられています。
朝はガッツリと朝食を取ってから「広島観光」へ。
一応今日のルートは
平和記念館→広島城→マツダスタジアムと来て、最後は厳島で考えています。
相変わらずの暑さですが、昨日長距離を走ったおかげか?
早朝より足はクルクルと回ります。
さて広島の云われ的な「平和記念館」
(横には原爆ドームが)
中には修学旅行が「広島」と言う人も居そうですが、私は初めての「広島」
世界で初めての原子爆弾が投下され、多くの方々が亡くなった場所です。
・・・でもね。
私は「核武装」支持者なんですね。
(正確には日本人の核アレルギーにウンザリ派)
その原子力空母、原子力潜水艦配備を推進したい私が見て、どの様に感じるのか?
また過去、被爆地からどの様な事が学べるか。
私自身の教養との差異に興味が沸きます。
(展示を観て考えが変わるのかなぁ~と)
終戦の日とあって、少々混み合っていますが、まぁ展示は観られます。
展示は、第一次世界大戦から終戦まで、幾つものパネルが展示され「そう言う流れか」と復習&感心。
またアメリカ他、各国の情勢から原爆投下までの行程も良く分かりますが、此処で幾つか間違った展示内容が。
まず「南京大虐殺」と「従軍慰安婦」そして「強制連行」
今更ながら日本が率先していたかのような(意図的な)展示が幾つも見られます。
これ!少し勉強したら特定国が主張するような事は「ありえない」と分かるはずです。
(説明は面倒なんで各自で調べて見てください(゚⊿゚)シラネ)
其れを仮にも各国の方々が見に来る「平和記念館」
平和記念館の勉強不足も去ることながら、有らぬ誤解を生む展示内容に賛同しかねます。
(何処ぞの国の嘘八百の展示では無いのですから)
この展示会館は「特定国」からの援助金が多く流れているのか?
そんな下らない勘ぐりすら頭を過ぎります。
(平和なんて耳障りは何処かの党の専売特許ですから)
其処からの幾つか間違った記載も有りましたが(中国の核保有数など)概ね核兵器の悲惨さを語るには十分な展示です。
特に遺品などは見るに堪えがたいもの有りました。
・・・でも・・・
展示を見終わって、缶コーヒー片手に考えましたが、どうにも譜に落ちません。
(謝った記載等を抜きにして)
確かに原子力兵器は惨く、そして長く人を苦しめます。
ただ、其れを持って「我が国は原子力兵器を保有しない」
と言うのは何処か的外れです。
(この平和記念館の主張も其処にあるからです)
この様な悲惨な物だからこそ
「我々が監視し、我々日本国のみが責任を持って保有する権利を有する」
位の事を言って良いと思います。
(まぁ間違っても核保有国の核兵器放棄なんて幻想・実現出来るはずも無いのですが)
また原子力兵器が世界最大の被害者の様な展示も納得出来ません。
大戦中の殺戮数なら、ナチスドイツを越えるソ連のユダヤ人虐殺や日本人シベリア抑留などは原子力の比では有りません。
投下したアメリカが悪とするなら、ベトナム戦争の枯れ葉剤の被害・公害は原子力爆弾の比ではありません。
そして原子力兵器の被害なら中国の核実験で今なお被害を受けているチベット、トルキスタンの人々。
(フランスの水爆実験・第五福竜丸の件は糾弾しているのに)
なぜ其処に平和記念館が目を向けないのか?
全く消化不良と言うしか有りません。
まぁこの悲惨な平和記念館を見て、改めて独立国として「核武装論議の必要性」を心新たにしました。
(政治家でこんな事を発言したら滅多打ちでしょうね(>_<))
ちょっと嫌な気分を晴らすべく「広島城」へ。
中々広い内堀を有する、広島自慢のお城ですが
・・・本丸は鉄筋作り!!(残念。・゚・(ノД`)・゚・。)
ただ二の丸の太鼓櫓は木造で復元されていて、建造物的には此方がお勧め。
広島城内は公園で、天守閣近くまでは自転車で行けます。
この感じ・・・そう福島の郡山城と同じだぁ~!!
ただ広島城、毛利元就から福島政則まで、名だたる名将の居城として繁栄しています。
その補正で楽しめましたが、やはり「歴史の趣」は大切だとしみじみ実感します。
(宇和島城や松山城が懐かしい)
此処からマツダスタジアムに移動しますが、少々遠いですね。(自転車でも)
中日ドラゴンズのファンが、敵地広島の球場を見学する。
・・・それはマツダスタジアムの設計が凄く良いからと聞いていましたから。。。
さてスタジアムでは球場内部を見学が出来ると聞いていましたが・・・
夏休みとあって見学ツアーの定員は早々に締め切り(´・ω・`)ショボーン
次は有名な作家になって、展示で広島来てやるぞ!!
その時は「中日VS広島」で観戦に来てやるわ(゚Д゚)・・と
致し方なくマツダスタジアムを後に、広島駅から「厳島」へ。
ゴトゴトと揺られること30分。
世界遺産の「厳島神社」の宮島駅に到着。
さて厳島、勿論初めてなんですが・・・
人!! 人!!! 人ヒトひと!!!
人人人人人人人人人!人間多すぎ!!!
正に「人ゴミ」と称するに相応しい人の数。
自転車でユッタリと回りたかったのですが、人が多すぎて走れません(´ヘ`;)ウーム…
致し方なく、自転車は引いて移動。
お昼も結構混み混みですが、ここ厳島の名物「あなご丼」を食して、いざ!!厳島神社へ。
途中自転車は駐輪させて、世界遺産「厳島神社」へ。
平清盛が建造したと言う歴史ある建築物は、見ていて楽しい。
本殿では何時もの二つのお願いをしておく。
本殿内は日陰となっていて涼しいが、一歩日差しに出ると「灼熱地獄」
グルリ一回り見学して、さて・・・厳島マップを見て暫し長考。
厳島神社の上、千畳閣から五重塔→宝物殿を見て・・・後は時間次第で。
厳島神社から少々登ると豊臣秀吉が建立した豊国神社、通称「千畳閣」
中の広さ半端ない・・・正に「千畳」とは言ったもの。
(厳島神社より此方の方がインパクト大)
一つ一つの木材の巨大さと加工技術は凄いの一言。
また小高い所に立てられている為、この炎天下でも風が良く通り涼しいヾ(*´∀`*)ノ
私も暫し千畳閣で、厳島の自然を眺めて一休み(イヤ・・・二休み程度)
そこから人通りの少ない裏道を走って「宝物殿」へ。
宝物殿の横には「大願寺」なる寺院が。
何と此処「美術・造形の神様」が祭られているとか?
さて少々遅いが、改築されたばかりの「宮島水族館」も見に行こうとしましたが・・・
・・・なんですか?この行列Σ(゚Д゚;)ゲゲッ
特にお子様率、半端無いです。
待ち時間2時間と、そりゃ閉館時間過ぎてますよ!!って此処は退却。
帰りに「清盛神社」で祈願をして、厳島を出立。
今回の厳島は大変な人ゴミで、少々楽しさに欠けている部分もあります。
次の機会には、是非涼しい時期&人の少ない時にでも、足を運んで見たいと。
(島には自転車は余り必要ないかも)
また弥山を登るコースもありますが、朝から来ていれば(時間的に)面白いかと。
さてホテルで汗を流して、広島最後の食事は、市内で良く見かける「広島ラー麺」
・・・なんですかね??広島風??
で、入って見て注文したラーメンがこちら。
麺も細麺で、率直な感想は「辛い冷やし中華風・つけ麺」
有りそうで無い味で結構美味しいです。
(替え玉追加できますしねヽ(*´∀`)ノ)
ここまでの四国・高松から広島までの6泊7日の旅。
振り返れば、本当に作り手として刺激を受ける事が多い、収穫のある旅でした。
やはり自身の経験値(骨格)は、自分の目で確かめ体感する事。
旅はその大切さを改めて知る良い機会です。
あとは帰って、其れを如何に作品に反映させれるか?
(面白かっただけでは、只の遊覧で終わり)
インプットだけでなく、其れをアレンジ&アウトプットしてこその「作家業」
もう頭には幾つか試したいアイデア&作画があります。
現在は其れを思考、試作をしている段階ですが、年末には面白い作品が出来るのでは?
・・・とその成果をお見せできる日が楽しみです。
ここ広島でも原爆の日6日には平和への祈りが捧げられています。
朝はガッツリと朝食を取ってから「広島観光」へ。
一応今日のルートは
平和記念館→広島城→マツダスタジアムと来て、最後は厳島で考えています。
相変わらずの暑さですが、昨日長距離を走ったおかげか?
早朝より足はクルクルと回ります。
さて広島の云われ的な「平和記念館」
(横には原爆ドームが)
中には修学旅行が「広島」と言う人も居そうですが、私は初めての「広島」
世界で初めての原子爆弾が投下され、多くの方々が亡くなった場所です。
・・・でもね。
私は「核武装」支持者なんですね。
(正確には日本人の核アレルギーにウンザリ派)
その原子力空母、原子力潜水艦配備を推進したい私が見て、どの様に感じるのか?
また過去、被爆地からどの様な事が学べるか。
私自身の教養との差異に興味が沸きます。
(展示を観て考えが変わるのかなぁ~と)
終戦の日とあって、少々混み合っていますが、まぁ展示は観られます。
展示は、第一次世界大戦から終戦まで、幾つものパネルが展示され「そう言う流れか」と復習&感心。
またアメリカ他、各国の情勢から原爆投下までの行程も良く分かりますが、此処で幾つか間違った展示内容が。
まず「南京大虐殺」と「従軍慰安婦」そして「強制連行」
今更ながら日本が率先していたかのような(意図的な)展示が幾つも見られます。
これ!少し勉強したら特定国が主張するような事は「ありえない」と分かるはずです。
(説明は面倒なんで各自で調べて見てください(゚⊿゚)シラネ)
其れを仮にも各国の方々が見に来る「平和記念館」
平和記念館の勉強不足も去ることながら、有らぬ誤解を生む展示内容に賛同しかねます。
(何処ぞの国の嘘八百の展示では無いのですから)
この展示会館は「特定国」からの援助金が多く流れているのか?
そんな下らない勘ぐりすら頭を過ぎります。
(平和なんて耳障りは何処かの党の専売特許ですから)
其処からの幾つか間違った記載も有りましたが(中国の核保有数など)概ね核兵器の悲惨さを語るには十分な展示です。
特に遺品などは見るに堪えがたいもの有りました。
・・・でも・・・
展示を見終わって、缶コーヒー片手に考えましたが、どうにも譜に落ちません。
(謝った記載等を抜きにして)
確かに原子力兵器は惨く、そして長く人を苦しめます。
ただ、其れを持って「我が国は原子力兵器を保有しない」
と言うのは何処か的外れです。
(この平和記念館の主張も其処にあるからです)
この様な悲惨な物だからこそ
「我々が監視し、我々日本国のみが責任を持って保有する権利を有する」
位の事を言って良いと思います。
(まぁ間違っても核保有国の核兵器放棄なんて幻想・実現出来るはずも無いのですが)
また原子力兵器が世界最大の被害者の様な展示も納得出来ません。
大戦中の殺戮数なら、ナチスドイツを越えるソ連のユダヤ人虐殺や日本人シベリア抑留などは原子力の比では有りません。
投下したアメリカが悪とするなら、ベトナム戦争の枯れ葉剤の被害・公害は原子力爆弾の比ではありません。
そして原子力兵器の被害なら中国の核実験で今なお被害を受けているチベット、トルキスタンの人々。
(フランスの水爆実験・第五福竜丸の件は糾弾しているのに)
なぜ其処に平和記念館が目を向けないのか?
全く消化不良と言うしか有りません。
まぁこの悲惨な平和記念館を見て、改めて独立国として「核武装論議の必要性」を心新たにしました。
(政治家でこんな事を発言したら滅多打ちでしょうね(>_<))
ちょっと嫌な気分を晴らすべく「広島城」へ。
中々広い内堀を有する、広島自慢のお城ですが
・・・本丸は鉄筋作り!!(残念。・゚・(ノД`)・゚・。)
ただ二の丸の太鼓櫓は木造で復元されていて、建造物的には此方がお勧め。
広島城内は公園で、天守閣近くまでは自転車で行けます。
この感じ・・・そう福島の郡山城と同じだぁ~!!
ただ広島城、毛利元就から福島政則まで、名だたる名将の居城として繁栄しています。
その補正で楽しめましたが、やはり「歴史の趣」は大切だとしみじみ実感します。
(宇和島城や松山城が懐かしい)
此処からマツダスタジアムに移動しますが、少々遠いですね。(自転車でも)
中日ドラゴンズのファンが、敵地広島の球場を見学する。
・・・それはマツダスタジアムの設計が凄く良いからと聞いていましたから。。。
さてスタジアムでは球場内部を見学が出来ると聞いていましたが・・・
夏休みとあって見学ツアーの定員は早々に締め切り(´・ω・`)ショボーン
次は有名な作家になって、展示で広島来てやるぞ!!
その時は「中日VS広島」で観戦に来てやるわ(゚Д゚)・・と
致し方なくマツダスタジアムを後に、広島駅から「厳島」へ。
ゴトゴトと揺られること30分。
世界遺産の「厳島神社」の宮島駅に到着。
さて厳島、勿論初めてなんですが・・・
人!! 人!!! 人ヒトひと!!!
人人人人人人人人人!人間多すぎ!!!
正に「人ゴミ」と称するに相応しい人の数。
自転車でユッタリと回りたかったのですが、人が多すぎて走れません(´ヘ`;)ウーム…
致し方なく、自転車は引いて移動。
お昼も結構混み混みですが、ここ厳島の名物「あなご丼」を食して、いざ!!厳島神社へ。
途中自転車は駐輪させて、世界遺産「厳島神社」へ。
平清盛が建造したと言う歴史ある建築物は、見ていて楽しい。
本殿では何時もの二つのお願いをしておく。
本殿内は日陰となっていて涼しいが、一歩日差しに出ると「灼熱地獄」
グルリ一回り見学して、さて・・・厳島マップを見て暫し長考。
厳島神社の上、千畳閣から五重塔→宝物殿を見て・・・後は時間次第で。
厳島神社から少々登ると豊臣秀吉が建立した豊国神社、通称「千畳閣」
中の広さ半端ない・・・正に「千畳」とは言ったもの。
(厳島神社より此方の方がインパクト大)
一つ一つの木材の巨大さと加工技術は凄いの一言。
また小高い所に立てられている為、この炎天下でも風が良く通り涼しいヾ(*´∀`*)ノ
私も暫し千畳閣で、厳島の自然を眺めて一休み(イヤ・・・二休み程度)
そこから人通りの少ない裏道を走って「宝物殿」へ。
宝物殿の横には「大願寺」なる寺院が。
何と此処「美術・造形の神様」が祭られているとか?
さて少々遅いが、改築されたばかりの「宮島水族館」も見に行こうとしましたが・・・
・・・なんですか?この行列Σ(゚Д゚;)ゲゲッ
特にお子様率、半端無いです。
待ち時間2時間と、そりゃ閉館時間過ぎてますよ!!って此処は退却。
帰りに「清盛神社」で祈願をして、厳島を出立。
今回の厳島は大変な人ゴミで、少々楽しさに欠けている部分もあります。
次の機会には、是非涼しい時期&人の少ない時にでも、足を運んで見たいと。
(島には自転車は余り必要ないかも)
また弥山を登るコースもありますが、朝から来ていれば(時間的に)面白いかと。
さてホテルで汗を流して、広島最後の食事は、市内で良く見かける「広島ラー麺」
・・・なんですかね??広島風??
で、入って見て注文したラーメンがこちら。
麺も細麺で、率直な感想は「辛い冷やし中華風・つけ麺」
有りそうで無い味で結構美味しいです。
(替え玉追加できますしねヽ(*´∀`)ノ)
ここまでの四国・高松から広島までの6泊7日の旅。
振り返れば、本当に作り手として刺激を受ける事が多い、収穫のある旅でした。
やはり自身の経験値(骨格)は、自分の目で確かめ体感する事。
旅はその大切さを改めて知る良い機会です。
あとは帰って、其れを如何に作品に反映させれるか?
(面白かっただけでは、只の遊覧で終わり)
インプットだけでなく、其れをアレンジ&アウトプットしてこその「作家業」
もう頭には幾つか試したいアイデア&作画があります。
現在は其れを思考、試作をしている段階ですが、年末には面白い作品が出来るのでは?
・・・とその成果をお見せできる日が楽しみです。
昨日はちっと飲み過ぎたか・・・(´□`川)
(結局帰ってからも飲んだので)
朝はゆっくり朝食を取り、松山を後に今治までは電車で移動。
夏休みとあって、車内は部活動の生徒と、何処に行くか分からないお歳の方。
実にのんびり走る車内に何とも言えない田舎の雰囲気が「旅」を感じる。
車内では「しまなみ海道」の道筋を確認して今治着。
さて直ぐにでも「しまなみ海道」に行きたいのですが、今治には「今治城」があるので、そちらを見てから行こうと。
今治市内から少々走りますが、そこは足を温めるアップと考えペダルを踏む。
9時過ぎに今治城に到着。
そして日本三水城と言われている割には。。。内堀だけですか?
それでも城内部は「鉄筋むき出し」と言わず、雰囲気を大事にしているのはgood
(珍しい甲冑などの展示には一目の価値有り)
そして又々出てきました「藤堂高虎」
その出世の見極めが鋭い、その観察眼と姿勢は「世界一の画家」を目指す私としては見習う所です。
さて今治城の横の護国神社で「追い風でお願いします(人-)」
と祈願して、いざ「しまなみ海道」へ。
今治からは横風が強く「こりゃ少々やっかいだなぁ」と考えていましたが・・・
序盤から足を使って登りをグイグイと登ると・・・あれか!!
天空の道と賞され「雲の上を走る」と言われるしまなみ海道、その大橋が目の前に。
凄くワクワクしてきます。
オラ!!ワクワクしてきたぞ!!
さて自転車の旅をしていると「動物的な感」が匂いを嗅ぎつけます。
(これを私は旅の感覚と称しますが)
今すぐにでも「しまなみ海道」に上がりたいのですが、これ?料金とかどうなの?
と感じ、面倒ですが横道の「サンライズ糸山」なる所に寄ってみる。
案の定、聞いてみると通行量は500円。
ただ「しまなみサイクリングクーポン」で半額の250円に。
此処から大島→伯方島→大三島→生口島→因島→向島と渡る。
到着点の尾道まで距離にして70㎞。(正し記載上)
頭の中では「100㎞くらいか?」と覚悟してだけに、今回は足を溜めず走れるなと。
ただこの折りたたみ自転車tikitで50㎞以上の距離は走ったことが無い為、少々の不安はありましたが・・・
グルリと登り道を上がると・・・
そこには、眼下に蒼い海と島々を見渡し、眼上には突き抜ける青空と巨橋。
・・・この景気は、確かに此処でしか見れない。
正に「雲の上を走る」の謳い文句に偽り無し。
すっげぇーーワクワク!!!
これが自転車で旅をしている醍醐味でしょう。
願わくも来島海峡大橋では緩い「追い風」
これはペダリングも軽い。
メーターは楽に30㎞を越え、信号に煩う事もなく走る感覚。
(全島を走っても5つと信号は有りません)
風と自転車の神に祝福されたが如く、夏の日差しを受けて進む。
また橋上は思いの他、風が涼しく快適に何時までも走れる感じに浸っていた。
・・・そこまでは本当に快適の一言。
私の中では「何時までも橋の上を走っていられる」
・・・と、そう考えいました。
でも来島海峡大橋を楽しく走って・・・あれ?横道??
何故か下り道を下ると、大島の島道に。
一度島道に降りると、其処は「灼熱地獄(ヽ゚ロ゚)」
同じしまなみとは思えない暑さに、見る見ると足が・・・
まるで1㎞など風の如く過ぎていった橋上と違い、100m進むのも重い。
また大島は(他の島比べ)一番起伏が激しく、足が思いの他進まない。
水分は見る見る内に無くなり、身体が鉛のように重い。。。
「荷物を全て捨てて、思い切り走れたら・・・」
そんな事も考えながら、まるでプロレーサーのように全身に水を掛けて走る。
(その水も20分でカラッカラに乾きます)
思った程ペースが上がらず、大島を走り、伯方・大島大橋を渡り伯方島に。
・・・ヤバイ・・此処で20㎞少々。
既に足は使い切り調子が上がらず、残り50㎞。。。
伯方島は「伯方の塩」で有名なあの伯方。
道の駅伯方で塩ラーメンを食し、ホントに尾道まで辿り付けるのか?
そんな不安を抱えながら、伯方から大三島へ。
初めの大島が苦しかったのか、伯方、大三島は思った程苦労せず走る。
また自分のペース、リズムが分かってきた事が大きい。
(初めは舞い上がって飛ばし過ぎた(ノ´∀`*))
平均20㎞で良いんじゃない?と余裕と、身体に掛ける水を調整して、乾く前に頭から水を被り「熱を払う」
しかし、この炎天下で走るなんて、強制力が無ければ絶対しない。
でも「絶対しない」を事をする、それは普段ではしない事をする。
全てのアクシデントを受け入れ、それを楽しみ克服する。
これこそが自転車で「旅」をすること。
その感覚、北海道を長く旅していた頃を思い出します。
そして思い出すペダリングのリズム。
・・・そうこの感覚、戻ってきた!!戻ってきた!!
そんな感覚を掴めば、後は如何に其れを継続するか。
・・・これ、全く制作過程と変わらないじゃないか
思わぬ共通点を見つけ、クスッとさせられながら「バシャ」と水を身体に被る。
(きっと帰ったら良い絵が描けると思います)
此処からは、全く自然体。
周りの景色を楽しむ余裕も出てきて、多々羅大橋で一休み。
もう此処まで来れば余裕で尾道まで着きます。
この頃から日も段々と陰ってきて、少し走りやすくなってきました。
あと走りながら思った事。
「何故自転車の一人旅に拘るのですか?」
そう聞かれた事がありましたが、改めて思い出しました。
そう・・・「情けない姿を他の人に見せたくない」
私は人一倍見栄張りです。
だから「格好悪い所」や「情けない所」を見せたくないのです。
(まぁ誰でもそうです(*´Д`))
でも自転車で走っていると「素の自分」が剥き出しで見えます。
それが作品に影響するのですが、その姿は情けない部分が多いと思います。
それを他人に見られたくないんだなぁ~と(*´σー`)
こりゃ一生独り者か?
なんて自問自答して生口島を抜け、因島を走っていると最後の島「向島」が見えてきます。
此処まで来ると「もう終わりか・・・」
と一抹の寂しさが過ぎていきます。
またこの「しまなみ海道」
全ての島道には自転車の行く先、自転車ロードには青いラインが引かれています。
尾道まであと何㎞。逆は今治まで何㎞。
ちゃんと青いラインに記載されています。
その青いラインの㎞数が減ってくると「いよいよ」と言う感情と「もうか」と。
そして最後の因島大橋。
この橋で最後か・・・
そう走り出すと、無性に寂しい感じがします。
正直辛かった事も多かったが、過ぎ去ると「もう終わりか」と。
ペダルも少々緩め気味で因島大橋を渡りきる。
そこから因島大橋を下って、向島を走っていくと尾道駅が・・・
・・・あれ?
ここ橋が無いんですけど??
此処から駅までは対岸船を使うそうで・・・
これも旅をしないと分からない面白さです。
尾道の駅で軽く着替えをして、電車に乗り換え「広島」へ。
久々の長距離。
車内に居ても足が「ヒクヒク(ヽ´ω`)」してます
尾道から1時間少々で「広島」着。
観光は明日として、まずホテルで汗を流して(日焼けに染みる)食事へ。
広島と言えば、やはり「広島風お好み焼き」でしょう。
此処でもフロントで情報を頂き、近くのお好み焼き屋さんへ。
ビールを片手に焼き上げる行程は「鉄板のショー」を見ているようで、出来上がるの待ち遠しい。
う、、美味い・・・特にビールとの相性がヾ(*´∀`*)ノ
広島風お好み焼き、確かに美味しいのですが、よく考えたら結構ジャンクフードな組み合わせですよね。
(卵、麺、各野菜とソースですから)
でもそんな庶民の味を楽しみながら、明日からは広島、厳島を巡ってきます。
あと今回走ってみて分かった「しまなみ海道」
今回は余裕がなかったが、次は尾道(逆側)からロードレーサーで走ってみたいと。
きっとまた違った発見が見つかる事を楽しみに、何時か分かりませんが、次に四国を旅する機会を見つけたいと。
(結局帰ってからも飲んだので)
朝はゆっくり朝食を取り、松山を後に今治までは電車で移動。
夏休みとあって、車内は部活動の生徒と、何処に行くか分からないお歳の方。
実にのんびり走る車内に何とも言えない田舎の雰囲気が「旅」を感じる。
車内では「しまなみ海道」の道筋を確認して今治着。
さて直ぐにでも「しまなみ海道」に行きたいのですが、今治には「今治城」があるので、そちらを見てから行こうと。
今治市内から少々走りますが、そこは足を温めるアップと考えペダルを踏む。
9時過ぎに今治城に到着。
そして日本三水城と言われている割には。。。内堀だけですか?
それでも城内部は「鉄筋むき出し」と言わず、雰囲気を大事にしているのはgood
(珍しい甲冑などの展示には一目の価値有り)
そして又々出てきました「藤堂高虎」
その出世の見極めが鋭い、その観察眼と姿勢は「世界一の画家」を目指す私としては見習う所です。
さて今治城の横の護国神社で「追い風でお願いします(人-)」
と祈願して、いざ「しまなみ海道」へ。
今治からは横風が強く「こりゃ少々やっかいだなぁ」と考えていましたが・・・
序盤から足を使って登りをグイグイと登ると・・・あれか!!
天空の道と賞され「雲の上を走る」と言われるしまなみ海道、その大橋が目の前に。
凄くワクワクしてきます。
オラ!!ワクワクしてきたぞ!!
さて自転車の旅をしていると「動物的な感」が匂いを嗅ぎつけます。
(これを私は旅の感覚と称しますが)
今すぐにでも「しまなみ海道」に上がりたいのですが、これ?料金とかどうなの?
と感じ、面倒ですが横道の「サンライズ糸山」なる所に寄ってみる。
案の定、聞いてみると通行量は500円。
ただ「しまなみサイクリングクーポン」で半額の250円に。
此処から大島→伯方島→大三島→生口島→因島→向島と渡る。
到着点の尾道まで距離にして70㎞。(正し記載上)
頭の中では「100㎞くらいか?」と覚悟してだけに、今回は足を溜めず走れるなと。
ただこの折りたたみ自転車tikitで50㎞以上の距離は走ったことが無い為、少々の不安はありましたが・・・
グルリと登り道を上がると・・・
そこには、眼下に蒼い海と島々を見渡し、眼上には突き抜ける青空と巨橋。
・・・この景気は、確かに此処でしか見れない。
正に「雲の上を走る」の謳い文句に偽り無し。
すっげぇーーワクワク!!!
これが自転車で旅をしている醍醐味でしょう。
願わくも来島海峡大橋では緩い「追い風」
これはペダリングも軽い。
メーターは楽に30㎞を越え、信号に煩う事もなく走る感覚。
(全島を走っても5つと信号は有りません)
風と自転車の神に祝福されたが如く、夏の日差しを受けて進む。
また橋上は思いの他、風が涼しく快適に何時までも走れる感じに浸っていた。
・・・そこまでは本当に快適の一言。
私の中では「何時までも橋の上を走っていられる」
・・・と、そう考えいました。
でも来島海峡大橋を楽しく走って・・・あれ?横道??
何故か下り道を下ると、大島の島道に。
一度島道に降りると、其処は「灼熱地獄(ヽ゚ロ゚)」
同じしまなみとは思えない暑さに、見る見ると足が・・・
まるで1㎞など風の如く過ぎていった橋上と違い、100m進むのも重い。
また大島は(他の島比べ)一番起伏が激しく、足が思いの他進まない。
水分は見る見る内に無くなり、身体が鉛のように重い。。。
「荷物を全て捨てて、思い切り走れたら・・・」
そんな事も考えながら、まるでプロレーサーのように全身に水を掛けて走る。
(その水も20分でカラッカラに乾きます)
思った程ペースが上がらず、大島を走り、伯方・大島大橋を渡り伯方島に。
・・・ヤバイ・・此処で20㎞少々。
既に足は使い切り調子が上がらず、残り50㎞。。。
伯方島は「伯方の塩」で有名なあの伯方。
道の駅伯方で塩ラーメンを食し、ホントに尾道まで辿り付けるのか?
そんな不安を抱えながら、伯方から大三島へ。
初めの大島が苦しかったのか、伯方、大三島は思った程苦労せず走る。
また自分のペース、リズムが分かってきた事が大きい。
(初めは舞い上がって飛ばし過ぎた(ノ´∀`*))
平均20㎞で良いんじゃない?と余裕と、身体に掛ける水を調整して、乾く前に頭から水を被り「熱を払う」
しかし、この炎天下で走るなんて、強制力が無ければ絶対しない。
でも「絶対しない」を事をする、それは普段ではしない事をする。
全てのアクシデントを受け入れ、それを楽しみ克服する。
これこそが自転車で「旅」をすること。
その感覚、北海道を長く旅していた頃を思い出します。
そして思い出すペダリングのリズム。
・・・そうこの感覚、戻ってきた!!戻ってきた!!
そんな感覚を掴めば、後は如何に其れを継続するか。
・・・これ、全く制作過程と変わらないじゃないか
思わぬ共通点を見つけ、クスッとさせられながら「バシャ」と水を身体に被る。
(きっと帰ったら良い絵が描けると思います)
此処からは、全く自然体。
周りの景色を楽しむ余裕も出てきて、多々羅大橋で一休み。
もう此処まで来れば余裕で尾道まで着きます。
この頃から日も段々と陰ってきて、少し走りやすくなってきました。
あと走りながら思った事。
「何故自転車の一人旅に拘るのですか?」
そう聞かれた事がありましたが、改めて思い出しました。
そう・・・「情けない姿を他の人に見せたくない」
私は人一倍見栄張りです。
だから「格好悪い所」や「情けない所」を見せたくないのです。
(まぁ誰でもそうです(*´Д`))
でも自転車で走っていると「素の自分」が剥き出しで見えます。
それが作品に影響するのですが、その姿は情けない部分が多いと思います。
それを他人に見られたくないんだなぁ~と(*´σー`)
こりゃ一生独り者か?
なんて自問自答して生口島を抜け、因島を走っていると最後の島「向島」が見えてきます。
此処まで来ると「もう終わりか・・・」
と一抹の寂しさが過ぎていきます。
またこの「しまなみ海道」
全ての島道には自転車の行く先、自転車ロードには青いラインが引かれています。
尾道まであと何㎞。逆は今治まで何㎞。
ちゃんと青いラインに記載されています。
その青いラインの㎞数が減ってくると「いよいよ」と言う感情と「もうか」と。
そして最後の因島大橋。
この橋で最後か・・・
そう走り出すと、無性に寂しい感じがします。
正直辛かった事も多かったが、過ぎ去ると「もう終わりか」と。
ペダルも少々緩め気味で因島大橋を渡りきる。
そこから因島大橋を下って、向島を走っていくと尾道駅が・・・
・・・あれ?
ここ橋が無いんですけど??
此処から駅までは対岸船を使うそうで・・・
これも旅をしないと分からない面白さです。
尾道の駅で軽く着替えをして、電車に乗り換え「広島」へ。
久々の長距離。
車内に居ても足が「ヒクヒク(ヽ´ω`)」してます
尾道から1時間少々で「広島」着。
観光は明日として、まずホテルで汗を流して(日焼けに染みる)食事へ。
広島と言えば、やはり「広島風お好み焼き」でしょう。
此処でもフロントで情報を頂き、近くのお好み焼き屋さんへ。
ビールを片手に焼き上げる行程は「鉄板のショー」を見ているようで、出来上がるの待ち遠しい。
う、、美味い・・・特にビールとの相性がヾ(*´∀`*)ノ
広島風お好み焼き、確かに美味しいのですが、よく考えたら結構ジャンクフードな組み合わせですよね。
(卵、麺、各野菜とソースですから)
でもそんな庶民の味を楽しみながら、明日からは広島、厳島を巡ってきます。
あと今回走ってみて分かった「しまなみ海道」
今回は余裕がなかったが、次は尾道(逆側)からロードレーサーで走ってみたいと。
きっとまた違った発見が見つかる事を楽しみに、何時か分かりませんが、次に四国を旅する機会を見つけたいと。
朝は少々寒くて起きてしまう始末。(車中泊なもので)
外でストレッチして「どう~しようかなぁ」と考えていたが
「まぁ涼しいから今の内に行くか」
と早朝5時半頃からエンジン始動。
道の駅から四万十川を望むルートは二つ。
中流域は「鯉のぼりの川流し」等で有名な国道381号を走るルート
下流域は「舟母船」等で有名な、遠回りな国道441号を走るルート
二つ見られれば良いのですが、旅の道は一つ。
今回は中流域の381号線を走行する事にしました。
(下流域はいずれ自転車で走ってみたいので)
さて朝早く、朝霧が棚引く四万十川。
窓全開で走る車内は寒いが開放感に満ちている。
道は川沿いで起伏が少なく、自転車で走ったら楽しいだろうと。
朝早い事もあって、対向車や後続車両は片手で数える程。
美しい清流をチラチラ見ながらの走行なので、時速は30㎞も出さずノロノロ運転(´∀`*)
四万十川の清流をのんびり堪能して、江川崎で441号線と合流。
さて此処から宇和島市の「宇和島城」を見学に。
清流の四万十川を離れてからは、正に山有り谷有りの山岳コース。
「自転車で走ったらスゲーー大変だろう・・・Σ(゚Д゚)!!」
と半恐怖しながら、宇和島市着。
さて宇和島城。
現存する数少ない天守のある城ですが、寂れ加減が・・・(´Д⊂ヽ
(なかなか来ようとしないと来れない場所です)
ほぼ城門と天守閣以外は存在せず、道すがらの石垣は結構痛んでいます。
それでもグルっと巡る石段を登れば、過去の歴史に触れられて面白い。
メインの天守閣は、歴史に残され「そのまま」でいる感じ。
三層の広い天守ではありませんが、その古色に彩られた柱には歴史が染みついています。
派手さは無いが、実に赴きのある「宇和島城」を後に、松山途中の大洲市へ。
大洲市には最近木造で再建された「大洲城」を見学に。
宇和島市から、また山有り谷有りの道を走り、市内入り口で見えてきます「大洲城」
平成16年に完成した四層の吹き抜きが珍しい天守閣を持つ城。
地元・掛川城を思わせる木造での「復元」が築城当時を思わせる。
そして復元までに如何に古来の製造で造るか、実に手が込んでいます。
内部はまだ木の香りが残っており、吹き抜け構造はここ大洲城でしか見られない珍しい構造です。
ちなみに、ここも城作りの名手「藤堂高虎」が赴任しています。
(四国には幾つか藤堂高虎の足跡が見られます)
さて新旧の巨大建造物を満喫して、いよいよ松山まで。
この道中はとにかく市外と市内での信号の差が激しい。
市外は正に高速並みの移動でしたが、一度市内に入ると(´・ω・`)ガッカリ…
それでもお昼過ぎには松山市に到着。
御世話になったVitzを返して、此処からまた自転車の旅に(´∀`*)ウフフ
身軽になって、まず行きたかったのは「秋山兄弟生誕の地」
ここ松山市は、司馬遼太郎の「坂の上の雲」の舞台。
勿論ドラマから入った口ですが、一度は見て行きたいと思っていました。
ここは地元保存会の皆さんで運営され、本当に「松山の英雄」を大切にされているのだと。
そして驚いたのは、生誕地の横の武術館。
兄・秋山好古が退役後に創設し、今でも使われていると知ると感慨深い。
(やはり現地に足を運ぶ事は大切)
その後、坂の上ミュージアムも行く予定ですが、先ずは四国最大の居城「松山城」へ。
とにかく大きい。
その概要は幾つもの櫓が現存しており、正に「山城」
昨日、今日の城巡りを締めくくるには相応しい城です。
四国最後の登山感覚で、幾つの櫓門を潜るのは姫路城以来か?
漆喰と木造の色合いが美しい(白と茶系)が松山城の魅力。
・・・でけぇ~!!ヮ(゚д゚)ォ!!
単体でも大きいのに、複合された現存櫓とのコンビネーション。
正に他を圧倒する「城郭」の姿。
天守は三層ながらも、中はめちゃくちゃ広い。
また天守閣内は思いの外、風が通り涼しいのも有り難い。
城内の展示物を見ながら、暫し休息をして下城。
ここから松山城下にある「坂の上の雲ミュージアム」と「萬翠荘」
先に赴きの有る萬翠荘まで。
ここは大正時代に建築された松山で初めての西洋建築。
そしてなんと!!翡翠荘は昭和天皇が(皇太子時代も)お泊まりになられた所。
陛下が朝食をなされた場所も公開され、またテラスも入れます。
建築は大正ロマンが香るルネッサンス風。
此処では結婚式も挙げられ、この様な大正建築での式も一興かと思いました。
お次は「坂の上の雲ミュージアム」
まぁ・・・余り期待していませんでしたが・・・
・・・あれ?何か建築格好いいですけどΣ(・∀・;)
ってデザイン!安藤忠雄かい!!
(地中美術館以来)
坂本龍馬記念館が余り良くなかったので、その反動は大きかった。
さて中はと言うと、司馬遼太郎の記載をメインに、ドラマ、時代、そして係わった人と実に面白い展示が並んでいます。
まぁ特に私みたいなミーハーな人には分かりやすくて楽しいです。
また特別展示の「バルチック艦隊と秋山真之」展が行われいて、圧倒的物量のロシア帝国を相手に改めて奇跡的勝利だったのだと実感。
この後は正岡子規の「子規庵」を覗きに行こうかと思って・・・
外に出た瞬間・・・
ザァザァーーーー//////
(゜Д゜)・・・雨??
ここに来て初めての雷雨。
まぁ空の切れ目から青空も見えていたので、暫く館内で休んで、小雨になって移動。
(此処で自転車の防水バックが役立つとは思いませんでした)
雨なので、さらっと子規庵を見て(余り・・・)一度ホテルに戻って着替え。
さて・・・後は「道後温泉」に行きたいのだが、自転車だと飲酒は不可。
(多分温泉出たら呑みたいので)
そう考えると、今回は路面電車を利用する事に。
やはり松山、あの路面電車に一度は乗ってみたかったので。
車内はレトロな感じでユッタリ町の足と言った感じ。
何故か車内で老夫婦に温泉の事を聞かれ(地元の人と勘違い)暫し雑談。
(今回色々声を掛けられることが多かったなぁ)
そんな、こんなで揺られて「道後温泉」着。
道後温泉の建築は、ジブリアニメの「千と千尋の神隠し」のモチーフにもなっています。
さてじっくり外装を堪能して道後温泉に浸かる。
中は結構人がいたが、平日なら空いている方だと。
何とも赴きのある浴槽に、夏目漱石や秋山真之が浸かっていたのだと考えると、更に赴きが増す。
ホクホクになって、喉も渇いていますし、さて?と思ったら
道後温泉の横に「麦酒館」なるものが。
そりゃけしからん!!
全くけしからん!!

美味くて・・・けしからん!!

宇和島名物「じゃこてん」と大洲のかまぼこ
秋山好古さんなら「贅沢は慎め!!」と怒られるかなぁ

飲む分には「飲め!!」と言われるでしょう

酒豪の秋山好古なら「まだまだ飲め!」と言うでしょう。

最後は鯛飯で締め。
(鯛は贅沢だったんだ・・・と秋山兄弟を思う)
まったり良い気分で路面電車でフラフラと帰り。
(本当に自転車でなくて良かった)
さて明日はいよいよ四国最大の目的「しまなみ海道」自転車ロードを走る。
日本一の整備されてた自転車ロード、自転車の聖地とさえ言われています。
暑さは相変わらずですが、明日の風向きを信じて楽しみたいと思います。
外でストレッチして「どう~しようかなぁ」と考えていたが
「まぁ涼しいから今の内に行くか」
と早朝5時半頃からエンジン始動。
道の駅から四万十川を望むルートは二つ。
中流域は「鯉のぼりの川流し」等で有名な国道381号を走るルート
下流域は「舟母船」等で有名な、遠回りな国道441号を走るルート
二つ見られれば良いのですが、旅の道は一つ。
今回は中流域の381号線を走行する事にしました。
(下流域はいずれ自転車で走ってみたいので)
さて朝早く、朝霧が棚引く四万十川。
窓全開で走る車内は寒いが開放感に満ちている。
道は川沿いで起伏が少なく、自転車で走ったら楽しいだろうと。
朝早い事もあって、対向車や後続車両は片手で数える程。
美しい清流をチラチラ見ながらの走行なので、時速は30㎞も出さずノロノロ運転(´∀`*)
四万十川の清流をのんびり堪能して、江川崎で441号線と合流。
さて此処から宇和島市の「宇和島城」を見学に。
清流の四万十川を離れてからは、正に山有り谷有りの山岳コース。
「自転車で走ったらスゲーー大変だろう・・・Σ(゚Д゚)!!」
と半恐怖しながら、宇和島市着。
さて宇和島城。
現存する数少ない天守のある城ですが、寂れ加減が・・・(´Д⊂ヽ
(なかなか来ようとしないと来れない場所です)
ほぼ城門と天守閣以外は存在せず、道すがらの石垣は結構痛んでいます。
それでもグルっと巡る石段を登れば、過去の歴史に触れられて面白い。
メインの天守閣は、歴史に残され「そのまま」でいる感じ。
三層の広い天守ではありませんが、その古色に彩られた柱には歴史が染みついています。
派手さは無いが、実に赴きのある「宇和島城」を後に、松山途中の大洲市へ。
大洲市には最近木造で再建された「大洲城」を見学に。
宇和島市から、また山有り谷有りの道を走り、市内入り口で見えてきます「大洲城」
平成16年に完成した四層の吹き抜きが珍しい天守閣を持つ城。
地元・掛川城を思わせる木造での「復元」が築城当時を思わせる。
そして復元までに如何に古来の製造で造るか、実に手が込んでいます。
内部はまだ木の香りが残っており、吹き抜け構造はここ大洲城でしか見られない珍しい構造です。
ちなみに、ここも城作りの名手「藤堂高虎」が赴任しています。
(四国には幾つか藤堂高虎の足跡が見られます)
さて新旧の巨大建造物を満喫して、いよいよ松山まで。
この道中はとにかく市外と市内での信号の差が激しい。
市外は正に高速並みの移動でしたが、一度市内に入ると(´・ω・`)ガッカリ…
それでもお昼過ぎには松山市に到着。
御世話になったVitzを返して、此処からまた自転車の旅に(´∀`*)ウフフ
身軽になって、まず行きたかったのは「秋山兄弟生誕の地」
ここ松山市は、司馬遼太郎の「坂の上の雲」の舞台。
勿論ドラマから入った口ですが、一度は見て行きたいと思っていました。
ここは地元保存会の皆さんで運営され、本当に「松山の英雄」を大切にされているのだと。
そして驚いたのは、生誕地の横の武術館。
(やはり現地に足を運ぶ事は大切)
その後、坂の上ミュージアムも行く予定ですが、先ずは四国最大の居城「松山城」へ。
とにかく大きい。
その概要は幾つもの櫓が現存しており、正に「山城」
昨日、今日の城巡りを締めくくるには相応しい城です。
四国最後の登山感覚で、幾つの櫓門を潜るのは姫路城以来か?
漆喰と木造の色合いが美しい(白と茶系)が松山城の魅力。
・・・でけぇ~!!ヮ(゚д゚)ォ!!
単体でも大きいのに、複合された現存櫓とのコンビネーション。
正に他を圧倒する「城郭」の姿。
天守は三層ながらも、中はめちゃくちゃ広い。
また天守閣内は思いの外、風が通り涼しいのも有り難い。
城内の展示物を見ながら、暫し休息をして下城。
ここから松山城下にある「坂の上の雲ミュージアム」と「萬翠荘」
先に赴きの有る萬翠荘まで。
ここは大正時代に建築された松山で初めての西洋建築。
そしてなんと!!翡翠荘は昭和天皇が(皇太子時代も)お泊まりになられた所。
陛下が朝食をなされた場所も公開され、またテラスも入れます。
建築は大正ロマンが香るルネッサンス風。
此処では結婚式も挙げられ、この様な大正建築での式も一興かと思いました。
お次は「坂の上の雲ミュージアム」
まぁ・・・余り期待していませんでしたが・・・
・・・あれ?何か建築格好いいですけどΣ(・∀・;)
ってデザイン!安藤忠雄かい!!
(地中美術館以来)
坂本龍馬記念館が余り良くなかったので、その反動は大きかった。
さて中はと言うと、司馬遼太郎の記載をメインに、ドラマ、時代、そして係わった人と実に面白い展示が並んでいます。
まぁ特に私みたいなミーハーな人には分かりやすくて楽しいです。
また特別展示の「バルチック艦隊と秋山真之」展が行われいて、圧倒的物量のロシア帝国を相手に改めて奇跡的勝利だったのだと実感。
この後は正岡子規の「子規庵」を覗きに行こうかと思って・・・
外に出た瞬間・・・
ザァザァーーーー//////
(゜Д゜)・・・雨??
ここに来て初めての雷雨。
まぁ空の切れ目から青空も見えていたので、暫く館内で休んで、小雨になって移動。
(此処で自転車の防水バックが役立つとは思いませんでした)
雨なので、さらっと子規庵を見て(余り・・・)一度ホテルに戻って着替え。
さて・・・後は「道後温泉」に行きたいのだが、自転車だと飲酒は不可。
(多分温泉出たら呑みたいので)
そう考えると、今回は路面電車を利用する事に。
やはり松山、あの路面電車に一度は乗ってみたかったので。
車内はレトロな感じでユッタリ町の足と言った感じ。
何故か車内で老夫婦に温泉の事を聞かれ(地元の人と勘違い)暫し雑談。
(今回色々声を掛けられることが多かったなぁ)
そんな、こんなで揺られて「道後温泉」着。
道後温泉の建築は、ジブリアニメの「千と千尋の神隠し」のモチーフにもなっています。
さてじっくり外装を堪能して道後温泉に浸かる。
中は結構人がいたが、平日なら空いている方だと。
何とも赴きのある浴槽に、夏目漱石や秋山真之が浸かっていたのだと考えると、更に赴きが増す。
ホクホクになって、喉も渇いていますし、さて?と思ったら
道後温泉の横に「麦酒館」なるものが。
そりゃけしからん!!
全くけしからん!!
美味くて・・・けしからん!!
宇和島名物「じゃこてん」と大洲のかまぼこ
秋山好古さんなら「贅沢は慎め!!」と怒られるかなぁ
飲む分には「飲め!!」と言われるでしょう
酒豪の秋山好古なら「まだまだ飲め!」と言うでしょう。
最後は鯛飯で締め。
(鯛は贅沢だったんだ・・・と秋山兄弟を思う)
まったり良い気分で路面電車でフラフラと帰り。
(本当に自転車でなくて良かった)
さて明日はいよいよ四国最大の目的「しまなみ海道」自転車ロードを走る。
日本一の整備されてた自転車ロード、自転車の聖地とさえ言われています。
暑さは相変わらずですが、明日の風向きを信じて楽しみたいと思います。
