今年も日本橋三越で開催される「華波の会(はなのかい)」
今年度は7月21日(水)から27日(火)までとなっています。
開場は10時から19時までになっています。(最終日は16時閉場)
毎年この展示は面白い出会いが沢山あって、作家本人も楽しみな展示です。
お近くにお寄りの際は是非ご高覧頂ければ幸いです。
24日(土)14時からは恒例のギャラリートークも行われます。
(勿論私も参加します
)
なかなか作家本人の意見を聞く機会も少ないと思います。
興味の在る方はこちらも足を運んで頂ければ幸いです。
私(井上越道)は7月23日(金)の15時頃まで受付。
24日は受付とギャラリートークの為、19時まで会場にいます。
お時間の合う方は是非この機会に。
●今回の作品について
何故か本当に素直に画面に向かえました。
その感覚は今後の糧、また現在の制作にも多きに影響しています。
「やはり絵を描くことは面白い」
私自身が改めて感じる作品になっています。
華波の会はその後「高松三越」へと巡回します。
高松三越の会期は8月3日(火)から9日(月)まで。
四国取材も含め、7日か8日に私も来場を予定しています。
大河ドラマに沸く四国。
こちらも夏の旅行の際にお立ち寄り頂ければ幸いです。
皆さんは下書きをする時に何を使いますか?
鉛筆?ペン?マーカー?それとも筆ですか?
私は色々と試して、現在は鉛筆が主です。
鉛筆の何が良いのかは各自色々とあると思いますが、やはり手軽さでしょうか?
私は色々な表情を出すことが簡単なことを挙げますが、それも人それぞれ。
実は長年鉛筆は嫌いな道具の一つでした。
鉛筆=予備校を連想させ「強制的に描かされている」嫌な思い出が滲み出ます。
だからなのか、20代前半までは鉛筆を使わない時期がありました。
それでも現在使っている鉛筆は「STABILO(スタビロ)8000」
鉛筆も色々(浮気して)使ってきましたが、一番手に合うのがスタビロでした。
コンテの様な柔らかさと、其れとは違う芯のある感じ。
これが私の感じた「スタビロ8000」の鉛筆の評価です。
個人的にはスタビロが他の鉛筆に比べて一番柔らかい感じがします(?)
逆に堅いと感じたのが緑の「ファーバーカステル」(ロゴが一番格好いい)
ファーバーとスタビロの中間が青の「ステッドラー」と感じました。
(予備校では一番御世話になりました)
あとスタビロの塗装が「赤」と言うのもお気に入りの理由の一つ。
赤い鉛筆を握ると「さてやるかな・・・」と言う気分になるのも不思議なものです。
しかし困ったことに「スタビロ8000」が廃盤になって、グラファイト8008が後継になっていてビックリ!!
(まぁ絵の具などが廃色になる等よくある話)
しかもグラファイト8008、塗装の赤も違う気が・・・使ってみた感じも何か面白くない。
こんな事なら8000番を「大人買い」しておけば良かった・・・
さて困ったもんです。
この少なくなった最後の鉛筆を使い切った後、何を時期主戦力に選定するか?
無難なのはステッドラーなんでしょうが・・・
(ステッドラーは本当に良く出来ている鉛筆なんですが・・・)
こればかりは色々試して見ないことには分かりませんが、人間関係と同じく「肌に合う」と言う存在に巡り会う事は希有なものです。
鉛筆削りは小学校1年から使ってるもの。
肌に合う道具は本当に大切使っています。
今月発売(20日)の「月刊美術6月号」に東京藝術大学デザイン科・中島千波研究室の特集が組まれています。
私も1/2ページですが掲載されています。
まぁ興味のある方は本屋さんで覗いてみてください。
しかし改めて見てみると、本当にこの研究室は面白い人が多い。
(作品的にと言う意味で)
掲載されている座談会にもあるが「一人として同じ画風の人がいない」
普通に考えれば当たり前の事ですが、○○先生のお弟子さん?
何となく似通ってませんか??
あと「これって○○だよね」→「実は違う」
なんて事も良く聞く話
オリジナルを作る。
言葉にしてみれば簡単だが、この事の如何に大変なことか。
正に血反吐を吐き、泥の海をのたうち回る。
私のような若造でも、そんな感情に苛まれる事など「日常茶飯事」
実際生活の為に「一般受けの良い作品」を描くことは否定しませんが、それでは何の為に作家活動をしているのか?
そんな事をしていてもNO,1にはなれない。
(そんなことには興味がないのか?)
ただ観覧者も馬鹿ではない。
事実そう言った絵画は淘汰され始めているのが現状。
そう言った意味では本当に恵まれた環境で制作が出来ていると思う。
中島千波と言う作家は手取り教えはしないが「生き方」で見せてくれる。
これこそ対等の関係。
本当に学ぶ側の姿勢が問われる「教育(おしえそだてる)」なのだと。
この研究室の連中は多分最後まで戦える「作家」
でも最後は私、井上越道が頂点を極める。
その覚悟は23歳に既に出来ている。
後は日々散らばる楽しさを拾い集め、面白く紡ぎ出すのみ。
その結果は取り敢えず7月の展示まで、こうご期待を。
25日から暫し地元に帰ってました。
妹の個展を見学と地元での展示を考えていたので、幾つか気になる会場を回ることに。
まずは地元のシンボル「掛川城」の二の丸美術館。
考えると掛川城は出来てから行きたいと思っていましたが、今まで「何時でも行けるから」と疎遠にしていました。
今回は二の丸美術館と合わせて見学。
でもゴールデンウィークと在って人多いです・・・
大手門
転がっているのは私の自転車ではありません。
立派な趣があります。
結構急な石段
青森ヒバを使っているとか・・・
天気が良いと富士山も見える。
掛川城は本格的な木造建築で復元された希有な城。
子供の頃に「太鼓櫓」を見学に来た事はあったが、まさか此処まで見事に復元されているとは驚きです。
(漆喰まで土佐塗りで本気度が見えます)
掛川城は「山内一豊」で有名ですが、かなりの数の武将が入れ替わり城主をしています。
さて二の丸美術館。
会場の雰囲気を確認後、現在開催されている「木下コレクション」を見学。
木下コレクションはタバコ道具などの細密工芸を主として、じっくり見るには面白い。
(しっかり見ると一時間では見終われない)
横の掛川城御殿を見学後、資生堂美術館へ。
駅前にある「資生堂美術館」と「資生堂アートハウス」
徒歩では厳しいかもしれませんが、一見の価値有り。
特に資生堂美術館はデザインを勉強している方なら、かなり為になること請け合い。
実際デザイン科学生と見える方からデザイナーぽい人まで、随分熱心に見学されてました。
アートハウスは建物が凄く面白く、館内も斬新な空間の取り方をしていた。
ただ今回展示していたガラス作家三人展も含め、資生堂アートハウスのコレクションが立体中心とあって平面を効果的には展示するのは難しいかなぁ?
(もちろん会場には平面の展示もありましたが・・・)
さてここまで見ていて15時半過ぎ。
天竜川にある「秋野知矩美術館」
掛川駅から35キロ・・・遠い・・・着いても16時半頃か・・・
でも明日は休館日。
暫し考え、車をひたすら走らせ永遠と田舎道を走る事40分少々。
(ここまでホント遠いと感じました
)
閉館30分前に秋野知矩美術館到着。
ちょっとした城構えのようです・・・
天然素材が赴きがある美術館
外壁も漆喰です。
実はこの美術館は日本画の展示を考える上で、とても有意義な会場です。
今回帰郷した理由も、この美術館を再度調べる為のようなものでした。
建築美もさることながら、荒い漆喰と石に枯材とで構成され何とも赴きがあります。
また美術館1階は履き物を脱ぐと言う「日本式」の見学スタイル。
正直石の床は冷たいのですが、竹の床など日本画を展示するには面白い効果が見込めます。
会場では昨年開催されていた「万葉のこころを描く」展が巡回しており、奥田元宋初め日本画も巨匠と言われる方々の展示が。
2階には中島千波先生の作品も展示されていて、改めて先生の巨匠ぶりを目の辺りに。
(学芸員の方も中島先生はかなり人気の作家とか)
しかし地元と言う違う基盤があることの有り難さ。
作家として動く上で選択肢が多いと言う事は本当に大切にしたい。
また掛川近辺を調べればかなりの美術館が在ることに驚く。
今回上げた場所以外にも幾つか展示候補もあり、一日では周りきれないが、今後も課題として取り上げて行きたいと思う。
地元と都内、傾向は違うが「作品と展示会場との兼ね合い=面白い展示」
今回は都内では出来ない展示を探る意味を、改めて考える良い機会になりました。
昨日は少々食べ過ぎたので、ゆっくり朝食を食べて「松阪市内」観光。
出発前にネジの緩み、ブレーキ、変速のチェックを念入りにして漕ぎ出す。
松阪市は「松阪城」と「本居宣長」がメイン。
まぁサラッと見て藤堂高虎の居城「伊賀上野城」へと思っていましたが
・・・松阪・・・以外と面白かった。
途中で見つけた八雲神社
(昨日から神様だらけ)
朝一番から願掛け
松阪市内はフラットなので走りやすい。
また武家屋敷の名残を残す市内を走ると、昔はこの辺りは発展していたのだなっと実感。
昔は京に近い所が「都会」
近くには尾張名古屋。
さぞ発展していたのだろうと、昔に思いを馳せてペダルを踏むのも面白い。
さて期待はしていなかった「松阪城」
蒲生氏の居城で「まぁ小城跡?」と思っていましたが・・・
かなりしっかり石垣が残っていてビックリ!!
裏門から入ってグルグルと登る事、、、天守閣跡まで結構歩きます。
あと登っていく途中はかなり高い石垣に「間違って落ちたら死ぬな・・・
」と。
ここは策がないのでマジに危険。
一体城攻めする兵は何人討ち死にするか・・・
しかし常々城に登る度に「狩野派の絵師もまず此処まで上がってはこれまい・・・」と。
まして永徳などの頭領ならいざ知らず、私のような一介の浪人絵師では・・・
世が世なら城門すら潜れるか・・・
そう考えると「何れ悠々と天守まで行ける絵師になってくれるわ!」と気合いが入ります。
午前中には伊賀に行く予定も、見る物が多くてすっかり遅くなってしまった。
松阪からローカル線に揺られながら一時間半ほどで「伊賀上野」へ。
忍者の里と知られている「伊賀」
確かに回りは山、山、山!!
でも町中は舗装道がしっかりして結構走りやすい。
さて目的の「上野城」
出世頭の戦国武将、藤堂高虎の居城。
伊賀上野駅を下車して直ぐに見えます。
上野城は高石垣が日本二位との情報をM田さんから受けていたが・・・
(場内のナレーションは日本一との説明)
ゆっくり構造を観察しているも、周りが高校(?)で部活の生徒さんに奇異の目。
・・・いやいや、ただの観光者ですからヾ(゚д゚;)
きっとこの小径車が坂道を涼しい顔で登っているのが珍しいのか?
(そう言うことにしておきましょう)
何故かこの頃に強風で桜吹雪で上野城に入場。
藤堂高虎にとっては10万石は出世の通り道。
城内の高虎像に出世できるよう願掛け。
中は木造で最上階には横山大観の月の絵があるが、こちらはおまけ?
天守閣で風が収まるの待って、高石垣を見物。
改めて高い!!
しかし松阪城の時も思ったが、落下防止の策なんか無くて大丈夫なんですかね?
此処でも暫し天下の絵師の気分を味わって伊賀市内を駅に向け移動。
(途中向かい風の中、応援してくれた学生さん達ありがとっ
)
途中松尾芭蕉の生家があるので寄ってみる。
さて此処から遠州の実家に帰るのですが、途中に「亀山城」が在るので亀山下車。
乗り換えに50分もあったので急ぎ見学へ。
駅から長~~い登り
亀山城の学生達をゴボウ抜きしてのをヒルクライム!!
さて城としての亀山城。
まぁ三重県で現存する櫓との事ですが、まぁ・・・
あとここでも伊勢から定番の「どこから来たんですか?」
「 横浜から (´∀`*) 」
「ええぇ~!!」 「マジこれで!!」 「いや!切換多いぞΣ(゚Д゚)」
少年たち驚きすぎ。
・・・いやいや輪行ですから。
もう何度も説明するのも面倒なので、そう言う事にしておきましょう。
(横浜から自走も無理じゃないんで・・・)
近くに亀山神社があるので、最後は神頼みで旅の締めをして帰宅。
しかし歴史遺産を巡る旅行で何時も思う事。
戦後の日本でも歴史遺産がこんなにも在ることに何時も驚きます。
特に建造物は戦争で失ったものが多い。
それでも日本人として「文化」を残そう、大切にしようとする姿勢。
改めてこの国で制作を続ける一人の作家として自国の文化を大切にしよう。
そんな憂国のお思いに駈られながら、帰ってどのような作品を作ろうか?
今回の旅が作品にどのように影響するか。
我ながら今から楽しみです。

