『自転車』を主題に日本画制作をする作家Blog
金銭の価値や使い方は人それぞれですが「死に金・生き金」ってのはあると思います。
眼前の安易な欲得に目が行って、本当に必要な物(順番)を見誤る。
その使い方に・・・以外に分かっていない人が多い様な気がします。
(特に金銭が余裕があっても時間に忙しい方)
一番お金をかけて良い所。
その一番優先される投資先は「自分を向上させる資材」
つまり大切な知識、職業に必要な「将来の血肉」になるもの。
私自身なら「画材&書籍(鑑賞)」
自分の一番大切にしなければ行けない「芯」の部分が投資の最優先になります。
これは私の先生からも「仕事に必要なものを最優先に」と言われています。
※贅沢品(車とか時計など)は自分に余裕が出てからだよって(;´∀`)
※以外に思われるかも知れませんが「自転車」はかなり下の投資先です。
まぁ・・・こんな当たり前な事は差し置いて・・・
投資先、その順番からすれば「衣・食・住」
これは「安全でバランスの良い食事」と「ストレスの無い制作環境」で自分自身で守ること。
精神情況の向上下は、即=絵画に還元されます。(人間って素直だなぁって思う瞬間)
※締め切り前に寝込むなんてのは個人営業には「自己責任」の一言(一蹴)
さて衣食住、その「健康な食事」に一番欠かせない食材。
それが「良質な水」
※高い水質が日本国民が一番享受している最大の幸福。
まぁ横浜市は悪くない水質だと思いますが・・・
その良質な水に一番貢献している、当家必需品の日本ガイシ「C1」
これは導入して2年程経ちますが、美味いコーヒーを飲む為の「必需品」
ただお高い物なで・・・購入には清水から2回ほど飛び降りる覚悟が(´Д⊂ヽ
過去、色々な浄水器は使いましたが・・・
購入して「これほど良い物(手放せない)」っては無いと思います。
特に購入する際「自分の舌」で確認して「気に入った」ってのは大きいです(体感)
※まるで日本ガイシの宣伝みたいですね(^_^;)
さてそのC1も2年も使っていると「ピコ!ピコ!!」とフィルター変えろって催促が
C1の良い所の一つが、一年使うと「一年経ったよ」ってランプがお知らせする所。
更に1年半(18ヶ月)経てば「もう変えろ(#゚Д゚)」ってランプが点滅して催促。
独り身なんで、そんなガンガン使っていませんが・・・流石に2年も使うと味が落ちます。
これは年末頃から「水がイガイガするなぁ(´ヘ`;)」って、私の舌が訴えていました。
「誰だ!!このコーヒーを煎れた奴はヽ(`Д´)ノ=俺だ!」って怒っていました。
※イノウエさんは海原雄山の様な人と言われる由縁=不味い物が嫌いな人。
好い加減フィルターを交換するか・・・と14,000程の先行投資。
(交換フィルターもう少し安いと・・・ペットボトルは馬鹿らしい(|| ゚Д゚))
さて変えて見て一口で「成る程(これこれ)」と。
確かにブラックの一口目が「さらっ」っとして飲みやすい。
(普通の水道水と煎れ比べてみました=一口瞭然)
特に大きいと感じたのは、今時描いているとホット→アイスに変わるコーヒー&お茶。
それは水が不味いと「入れ直し(破棄)」ってなりますが、水が美味しいとアイスでも美味い。
※これは如実に表れます。
描いていて、俯瞰するために立ち上がって、コーヒーを一口。
ここで「美味い」か「・・・ふむ」かは、次の行程、その半歩に微妙に影響がありますね。
この様な感覚が絵描きなんだと、自惚れていますが( ´,_ゝ`)
※まぁ「僕は味覚音痴」「たかが水に」って方は無視して頂ければ幸いです。
一口の水を大切にできるか?
自分の身体に入ってくる食、それを感じ感謝する「感受性」
それは自分の目で食材を選定し、自ら思考し調理し、自分の舌で好みに味見して、一番美味しい時に食していること。
それが「幸せ」と一口の水が実感させてくれます。
本当の贅沢って何か?(自分の向上の為に必要なものは)
幸福の振れ幅は人それぞれですが、一口の水に幸福を感じれない人は、食に関しては「貧乏貴族」の私以下です。
※自転車乗っていれば空気(大気)にも感謝しますよ。
眼前の安易な欲得に目が行って、本当に必要な物(順番)を見誤る。
その使い方に・・・以外に分かっていない人が多い様な気がします。
(特に金銭が余裕があっても時間に忙しい方)
一番お金をかけて良い所。
その一番優先される投資先は「自分を向上させる資材」
つまり大切な知識、職業に必要な「将来の血肉」になるもの。
私自身なら「画材&書籍(鑑賞)」
自分の一番大切にしなければ行けない「芯」の部分が投資の最優先になります。
これは私の先生からも「仕事に必要なものを最優先に」と言われています。
※贅沢品(車とか時計など)は自分に余裕が出てからだよって(;´∀`)
※以外に思われるかも知れませんが「自転車」はかなり下の投資先です。
まぁ・・・こんな当たり前な事は差し置いて・・・
投資先、その順番からすれば「衣・食・住」
これは「安全でバランスの良い食事」と「ストレスの無い制作環境」で自分自身で守ること。
精神情況の向上下は、即=絵画に還元されます。(人間って素直だなぁって思う瞬間)
※締め切り前に寝込むなんてのは個人営業には「自己責任」の一言(一蹴)
さて衣食住、その「健康な食事」に一番欠かせない食材。
それが「良質な水」
※高い水質が日本国民が一番享受している最大の幸福。
まぁ横浜市は悪くない水質だと思いますが・・・
その良質な水に一番貢献している、当家必需品の日本ガイシ「C1」
これは導入して2年程経ちますが、美味いコーヒーを飲む為の「必需品」
ただお高い物なで・・・購入には清水から2回ほど飛び降りる覚悟が(´Д⊂ヽ
※マンションなど(貯水タイプ)には絶対お奨めしますがヽ( ´ー)ノ
過去、色々な浄水器は使いましたが・・・
購入して「これほど良い物(手放せない)」っては無いと思います。
特に購入する際「自分の舌」で確認して「気に入った」ってのは大きいです(体感)
※まるで日本ガイシの宣伝みたいですね(^_^;)
さてそのC1も2年も使っていると「ピコ!ピコ!!」とフィルター変えろって催促が
C1の良い所の一つが、一年使うと「一年経ったよ」ってランプがお知らせする所。
更に1年半(18ヶ月)経てば「もう変えろ(#゚Д゚)」ってランプが点滅して催促。
独り身なんで、そんなガンガン使っていませんが・・・流石に2年も使うと味が落ちます。
これは年末頃から「水がイガイガするなぁ(´ヘ`;)」って、私の舌が訴えていました。
「誰だ!!このコーヒーを煎れた奴はヽ(`Д´)ノ=俺だ!」って怒っていました。
※イノウエさんは海原雄山の様な人と言われる由縁=不味い物が嫌いな人。
好い加減フィルターを交換するか・・・と14,000程の先行投資。
(交換フィルターもう少し安いと・・・ペットボトルは馬鹿らしい(|| ゚Д゚))
さて変えて見て一口で「成る程(これこれ)」と。
確かにブラックの一口目が「さらっ」っとして飲みやすい。
(普通の水道水と煎れ比べてみました=一口瞭然)
特に大きいと感じたのは、今時描いているとホット→アイスに変わるコーヒー&お茶。
それは水が不味いと「入れ直し(破棄)」ってなりますが、水が美味しいとアイスでも美味い。
※これは如実に表れます。
描いていて、俯瞰するために立ち上がって、コーヒーを一口。
ここで「美味い」か「・・・ふむ」かは、次の行程、その半歩に微妙に影響がありますね。
この様な感覚が絵描きなんだと、自惚れていますが( ´,_ゝ`)
※まぁ「僕は味覚音痴」「たかが水に」って方は無視して頂ければ幸いです。
一口の水を大切にできるか?
自分の身体に入ってくる食、それを感じ感謝する「感受性」
それは自分の目で食材を選定し、自ら思考し調理し、自分の舌で好みに味見して、一番美味しい時に食していること。
それが「幸せ」と一口の水が実感させてくれます。
本当の贅沢って何か?(自分の向上の為に必要なものは)
幸福の振れ幅は人それぞれですが、一口の水に幸福を感じれない人は、食に関しては「貧乏貴族」の私以下です。
※自転車乗っていれば空気(大気)にも感謝しますよ。
(三章からの続き)
80枚からは以外にもあれこれ悩んで、一時鉛筆が止まっていましたが・・・
90枚目に描き進めるとページも少なくなり・・・
残りの薄い紙を見て「もう少しで終わりか」と一抹の寂しさも。
この頃には余り日本画素材を扱っていないので「色を好きな様に使いたい!!」と。
その欲求を解除したら・・・どの様な絵を描けるか?
私本人が一番面白く思っています。
(また色々悩むんだろう・・・と今既に悩んでます)
さて100台目を描いた日。
私の研鑽もひとまず終わりました。
・・・って訳ありません(>_<)
本画の制作もありますが、この作画行程(流れ)は切らないようにしようと。
次は200台、その後は500、そして1000台描く!!
100枚目を描いた時は風が強い日だったのを覚えています。
ちなみに「本画に使える下絵」って始めた作画でしたが・・・
その1枚目から80枚目くらいは本画に使えませんΣ(゚д゚;)ドヒャー
でも良いのです。
最後の4~5枚を描くために至る「必要な時間」だったと、描いていて実感します。
だが私の美学として「努力した」など愚の誇張。
だからこの記載は恥ずかしさばかりです(ノ´∀`*)
描きたいから描く。
創りたいから作る。
私が今年一年、もっとも自分に多く言い聞かせた言葉。
「イヤならやめろ!イヤなら描くな!!」
そう・・・イヤなら辞めれば良いんです。
描かなくても誰も止めません(´Д⊂ヽ
(世界中から止めてもらえる作家になりたいですね)
そうして「俺は世界の井上だぞ!!イヤな訳ないヽ(`Д´#)ノ」って気合い入れて一年描きました。
世界繋がりで、最後に「世界の王貞治」が
「素振りを1000回しても、全て真剣に振らなければ最後の10回本気で振った方が良い」
100台の自転車を描いていて、常にその言葉が脳裏を横切りました。
※まぁ1000回振れる人が語れる領域なんでしょうね(*´σー`)
さて今年も残りわずかになりました。
思い返せば、達成できなかった事は多く、牛歩の様に薄い薄い石(意志)を積み重ねた一年。
「大器晩成」
自身にはそう言い聞かせていますが、自分が大器であることは一切疑ったことは無い一年。
あとは本当に日々描き続け、100と言わず、1,000、10,000の表現を模索して行く所存。
多くの方に今年一年お世話になりましたが、関係各所の皆様方には健やかな毎日を。
健康で楽しい日々に、私の絵画が清涼の風となりますように精進して参ります。
本年は本当に多くの方々に助けられた一年。
(この場も含め最大の感謝をm(_ _)m)
来年も井上越道と言う作家にどうぞご期待頂ければ幸いです。
年末のお参り&お札納めは済ませました。
(前回二章からの続き)
そう言えば途中、なぜ100台描くのか?
そう何度か自分に問う事がありました。
それを考えると・・・思い出すのは専門学校の頃と大学の頃の話。
専門学校で日本画を学んでいた青二才の頃。
とある制作で悩んでいた時、ある先生に「アイデアに悩み進め方に迷った時」にどの様にしたら良いか?
その時に「何を支え(指針)にするか?」
そう相談した時
その先生は裸婦(を含む人物制作)を基本にしていましたが
俺は「1000体の裸婦を描いた」と。
その事がどの様な苦境にあっても「昔あれだけ描いただから・・・」と言う実績(形)。
その筆を動かした実績に対して、今の苦境も対した事はないんだ・・・と思える。
「倒れそうな時でも、そのバックボーン(積層の実績)が今の私を支えているんだ!」と。
正直絵は興味ありませんが、彼の絵を前にして妙に納得してしまいした。
それだけ描いて、描きまくって、それでも迷うのだな。
それなら今は色々と悩んでも仕方ない・・・
・・・と思いませんでした!その当時は!!
その時は2浪して散々デッサン描いたし「俺は天才だから努力必要無し」とか自惚れていました。
そして今、30半で枚数を描けば描くほど・・・このときの事を思い出し、自身の未熟を痛感してます。
(逆に今後の成長も青天井と思っていますがね)
そして40枚目・・・50枚目(半分)・・・60枚目・・・と
何度描いても納得出来ない・・・辿り付けない苦悩・・・
何度描いても納得出来ない・・・辿り付けない苦悩・・・
そう言った時に思い出すのが大学時代、教職でのデザインの選択授業。
課題の「置き時計」のデザインの講義。
授業は面白く、プロダクトの先生の説明も明快そのもの。
そして課題提出で「なかなか良い出来?」と自信で提出したプロトの「置き時計」
此処とこの作りが甘いね。
幾つか指摘を受けて「ポイッ」←破棄。
・・・オイ!破棄するなよ!( ゚Д゚)!
返却してくれれば、指摘点だけ直して再提出する予定が・・・
仕方なく指摘を受けた点を一から作り直して「再提出」
また更に幾つか指摘され「ポイッ」←破棄。
・・・オイオイ!(# ゚Д゚)!
悔しいので・・・繰り返し作り直して「再々提出」
前より良くなったね、でもここの作りが甘いねぇ~「ポイッ」←破棄。
・・・・・・オイオイ!!コラーー!!!
確か直して4回目の再提出。
成る程・・・うん、良いね。
・・・でも此処は自分でどう思う?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・破棄。
ふざけるな(# ゚Д゚)ムッ!
流石に切れて「どう言うつもりだ」と問いただしたら・・・
デザインの先生は悪びれもなく「もう一回直して受け取る」と。
仕方なく「単位」欲しくて最後の直しをして提出。
そこで言われたのが「ね、良くなったでしょう、一番初めと比べてどう?」
・・・そう言えば一から繰り返し作り直すことで、作る速度&効率が良くなっていました。
勿論間違った所の創り&精度が良くなり、出来上がったプロトは本人も納得の出来です。
ちょっと狐に騙された感じでした。
その後、別件でその先生の研究室を訪ねた時
「あの課題では随分直されたけど手直ししなければどうしてました?」と質問。
そう聞いたら「前と変わらなければ受け取ってたよ」と。
「ただ修正して来たし、良くなると解ったら良くなるまで指導するのが仕事だから」
そして最後に言われたのが
「君は根性はあるね、(デザインの)センスは別として」
その時は思わず笑って(苦笑い)しまいましたが・・・
成る程・・・これが造り出す(精度)ことか・・・と納得。
繰り返し繰り返し、何度も描き、それでもこの先、何度も何度も悩み、のたうち回る事の連続でしょう。
ただ過去を見ても藻掻いただけ、絶対今以上の絵描きになっている。
そう実感出来ることが、この「100の自転車」に意味を見いだすことが出来るのです。
高い空を見上げると向上心が刺激されます。
「いつかは世界一の画家」と
※さて明日は私の誕生日なんで、バタバタしていて更新できるか微妙ですが・・・
最後に100台のまとめなどで年末の挨拶に返させて頂きます。
(一章からの続き)
更に描き進めていた、ある昼過ぎ。
更に描き進めていた、ある昼過ぎ。
ラジオ放送でゲストに漫画家の浦沢直樹さん!!
その中での一幕、浦沢さんはアイデア画を描く際「間違った線も消さない」と。
「間違った線を消さない」
その理由は色々語っていましたが・・・納得(内容記載しません)
実はこれ「他の作家」でも言ってる人がいますが・・・
あの「浦沢直樹」が実践している。
「浦沢直樹が実践している」と言う真実。
これが一番大きい。
同じ事を言っても「二番煎じの画家」や「描いていない美術教員」が言うのか?
それとも「天才・浦沢直樹」が語るか。
全く内容が同じでも・・・説得力が違う。
日々凄い作品を作り続け、それを多くの人に見てもらっている。
相手を納得させるなら、この実績=憧れを体現していて欲しい。
端から見て「この様な作家になりたい=体現している」
(このような作り手の何と少ない事か・・・)
実はこう思うこと(ジレンマ)は多いのですが・・・
改めて「絶対一の創り手」&「造り続ける最前線に身を置く」その事の大切さ。
そして「造り続け評される」環境に居ること。
※創作者として「当たり前」の立場を目指さなければと自戒の意味も含めて記載。
さて・・・ここでまた一つ縛り
間違ったと思った線を消さない。
こうすると初めは「間違いたくない」と言う心理に苛まれました。
(その頃の描いた物は・・・)
しかし描き進めると、よく考えて線を引くようになります。(技量)
更に「不要な線」が少なくなり、より洗練された(ような)構成、作画が出来ます。
(ここはまだ研鑽の必要あり)
こうして消しゴムは全く手を着けない状態に。
それに平行して、あれこれ気になる事が沢山出てきました。
特に「自転車に乗っている人」
乗っている感じ(量感)などは、自身の身体を通して理解できますが、自分の乗車態勢は描けない。
(大きな鏡でもあれば良いんですけど)
種明かしをするなら「自分=影」が、かなりの情報量になります。
ロードレーサーの態勢などはツール等の映像で確認できますが、一般の方の形態は・・・
それから土日のサイクルが増えました。
土日はサイクリストが多い。
そのサイクリストを悉に観察する。
以外に○○は違う、○○はこの大きさか、○○は形状が見えない等々。
五感が使う、観察眼が鍛えられる(引き出しが増える)感覚。
更に春になってサイクルに出る時間が増えました。
(これ・・・他の仕事してたらどうなるんだろう)
毎日描いていると・・・すぐ一杯になります
※さて描いている途中、幾つか疑問に思ったことを三章以降に記載します。
年末の忙しさを「師走」とは良く言ったもので(;´Д`)
私の年末、、、その走者は、、、宛らボルトではないかと?
さて今年一年を振り返って、一番印象に深かったのは「100台の自転車を描いたこと」
(行為そのものは3月旬の頃・・・だったはず)
一体なんで始めたのか(思いつき?)
始める切欠・・・それはホントに思い付きだったんです。
それが何時の間にか、、、こんなに嵌るとは・・・
100の自転車を描く。
それは・・・こんな感じで始まりました。
ある昼時、何時もの作画制作。
制作の合間に「作画以外」の仕事をすると制作は滞る。
アイデア(思考)は描き続ける環境に無いと鈍ります。
(鮮度の問題??)
作画制作で一番大変なのは「どの様な絵を描くか?」
特に主役である「自転車の構図(形)」を決めるのが・・・ホント難しい。
で!!
暇な時間の合間に、細かく指定が入った下絵。
「直ぐに本画に描き仰せる」下絵を描く(ストックする)事に。
※余り下絵を溜めても、昔のアイデアは使えない事が多いのでストックはしないのですが。
さて初めて見ると2~3時間もあれば「それらしい」ものが出来上がります。
この時は「なかなか良いんじゃない?」とか思いました。
しかし10枚も描くと、何処かマンネリ?
(この形態?この構成??)
このまま描いても飽き(同じ)ましたので「限定(縛り)」を入れる事に。
使う道具は鉛筆だけ(後に情報量の関係で色鉛筆を使う)
紙は気楽なA4、出来るだけ紙面に情報を入れる事。
(これも後で違った大きさ&質感の紙で色々描くことになります)
そして一番大切な事は「前の絵と違う事をする」
つまり描き方を変える、構図を変える、表現を変える。
こうすれば100通りの自転車表現が出来る訳です。
しかし・・・初めて見ると難儀な事が。
20台くらいまでなら色々と引き出しがありますが、それ以降は戻ったような表現に。
(何台か前の絵を見て反省)
私は「何処かで見た表現」とか「毎度同じ表現の絵」しか出来ない連中とは一線を画す。
様々な表現を理解し、その構成は絶対的で無二、視点豊かな作家と自負していましたが・・・
この程度なのか・・・と。
ちょっと落ち込み、あれこれと考えてしました。
※これも今なら良い勉強でした(4月頃と記憶しています)
ここで更に一つ縛りを入れました。
無理に数台(枚数)を描かない。
その日に描いて良いのは1台、どんなに調子が良くても2台まで。
そして描きたくない時は描かない。
そうした事で、朝リセットされた頭でアトリエに入る。
そこで見た先日描いた絵を見て、昨日気付かない所を見つける。
・・・そう、頭を使う時間(24時間)を本当の意味で「有意義に」使っていない事。
そうして30台位から細かく「あれこれ」変化させる事が出来ました。
(続きは長くなりますので・・・次の二章以降、順次ご期待頂ければと)
(続きは長くなりますので・・・次の二章以降、順次ご期待頂ければと)
