暫し実家に帰ってました。
(18切符でのんびり電車・・・)
家の猫共は相変わらず小生を他人扱い
まぁ一緒に居なければ忘れられますね。
さて今回帰郷したのは、色々と私事で動いて頂いている方に挨拶周りのため。
お会いした「お偉いさん」は、本来小生みたいな若造が会いたいからと言って
「はい、会いましょう!」
とは行かない方々で、地元での両親の信用の上に、初めてこんな若造の意見にも耳を傾けてくれる訳です。
その様な中、お力になって頂いている関係各所に顔見せができ、人の「縁」はこうして出来ていくのだなぁ~と実感。
その間に実家に置いてある「作品」や「資料」の整理をボチボチ進める。
まぁ小生の荷物もいずれは今の家に移さなくてはならない訳で。
まずは「絵画」は基本良い物(この場合は資料価値の有る物)は保管。
逆に思い入れの少ないもの、資料的に価値のないと判断したものは「焼却」
この判断は作家本人しか出来ないので、準じ進めて行く。
帰郷中に「燃やすくらいなら欲しい」と言う方もいましたが、作った本人が断腸の思いで「必要なし」と破棄した物を飾ってほしくはない訳です。
此処は責任を持って荼毘に伏すほうが良いと小生は考えます。
(後で勿体ないと思うのも一興)
しかし枚数が半端ない数・・・
昔2回ほど焼却しましたが、それでもデッサンは有に100枚は越えているし・・・
そして帰郷中は毎日豪雨・・・
絵画の神様が処分を嫌がっているのか?
そんな思いにも駈られました。
結局雨続きで、挨拶回りと仕分け清掃だけで一週間が過ぎてしまいました。
まぁ、また8月に帰るので荼毘に伏すのはその時にでも。
しかし過去の作品を眺めるのは面白い物です。
小生は此処まで、かなり紆余曲折して作品を作ってきました。
その時々によって試行錯誤が見られ、稚拙ながらも今に繋がる工程が見られる訳です。
(小学生の時の作品にも片鱗があって驚き)
マーブリングにこだわっていた時の作品。(失敗作)
下手すぎて笑ってしまった・・・
五月蠅い蝉の鳴き声を横目に作品を見ながら、人の人生もまた積み重なって行くんだなぁ~と実感できた帰郷でした。